2008.8.5 執筆
けたたましいギターサウンドの洪水、徹底した美意識、耳を劈くフィードバックノイズ、夢心地な甘い世界観…。90年代初頭にムーブメントを起こしたこの系統の音楽はシューゲイザーと呼ばれ、現在もなお根強い人気を誇っている。
特に2010年代に再評価の波が訪れ、エレクトロ奏者も巻き込んで、地味に熱いジャンルとなっている。
本記事ではシューゲイザーとは何か、というところから、シューゲイザーの歴史を紐解き、最後に名作も挙げていきたい。
シューゲイザーという小さなロック革命について、少しでも多くの方に魅力が伝われば幸いである。
シューゲイザーとは
シューゲイザーは音楽のジャンルの一つで、90年代初頭にイギリスを中心に起こった小さなロック革命。ジャンルの名前は「靴(shoe)を凝視する人(gazer)」という造語と言われている。これは、メディアがうつむき加減に演奏している彼らの演奏を見て、そのように例えたとされている。
The Stone Rosesが牽引したマッドチェスターと入れ替わるように、90年代初頭にブームを巻き起こしたシューゲイザーは、1990年にRideがジャンルの旗手となり、1991年に多くのシューゲイザーバンドで溢れる中、My Bloody Valentineが『Loveless』を発表。
ここで全盛を迎えたシーンだったが、以降は熱が冷めたようにメディアからの扱いは減っていき、1993年辺りにはもう終焉を迎えるという、とても短いムーブメントだった。時期的にマッドチェスターとブリッドポップという大きなジャンルに挟まれているためか印象が薄く、その二つのつなぎ目に起こったひと時のお祭り騒ぎのようなものだったようだ。
しかし、今となっては多くのアーティストからのリスペクトを受けたことでシューゲイザーは再評価されている。90年代初頭に時代を引っ張るほどの勢いをみせていたとはいえ、過小評価が否めなかったシューゲイザーは、徐々にではあるが現在もなおファンを増やしている。
サウンドの特徴
大半のバンドに共通するのは、夢幻的で浮遊感のあるサウンド。それを形成するのが、けたたましくも心地よい嵐のようなギターノイズや甘~いヴォーカル、フワフワとした耽美なメロディなど。ネオサイケから波状したこのサウンドは、輪郭のボヤけた夢の中の世界へと、我々を誘うかのようである。そんな心地よさと美しさに溢れているのがシューゲイザーである。
特にこのジャンルで印象的なのは、ノイズが”美”を表現する材料として扱われていること。そしてどのバンドも徹底した美意識と、冷めた雰囲気を持っていたということ。そんな彼らがノイズの中の心地よさ、恍惚感を見出したことが革新的だった。
このジャンルで語られるノイズというのは、けたたましい轟音はもちろんだが、フィードバックノイズというサウンドも頻繁に用いられる。このサウンドは、アンプから出るサウンドがギターの弦を再び震わせる(フィードバックする)ことで起こるサウンドである。擬音化するならば「キーン」という耳を劈く音になる。このサウンドは、Slowdiveが特に耽美に聴かせているが、これがとても神々しいのである。
派生のきっかけ
ジャンルのサウンドの基盤を作ったと言われるのがJesus and Mary Chain。1985年に発表した『Psychocandy』での、耳の痛いノイズに力無いヴォーカルが絡むスタイルが当時はとても衝撃的で、それはSex Pistols以来の衝撃とまで言われていたほどである。
以降、ジザメリとその作品はシューゲイザーの元祖として語られることが多い。そしてこの後My Bloody Valentineが1988年に『Isn’t Anything』発表。両作品とも刺々しさが強いが、後身のバンドにとってサウンドを作るうえでの道しるべとなったに違いない。
他にも、Pale Saintsなどの耽美系シューゲイザーに多大な影響を与えたという意味では、Cocteau Twinsも無視出来ない。これらのバンドにインスパイアされた多くのバンドが、後に巻き起こるシューゲイザームーブメントを形成していく。
シューゲイザームーブメントと終焉
デビュー前から評判の高かったRideが1990年に1stアルバム『Nowhere』を発表。この作品が大絶賛を持って迎えられ、それに触発されたかのように数々のバンドがデビューすることになる。同年にはPale Saintsが『The Comforts of Madness』でデビューする。
1991年になるとSlowdiveの『Just for a Day』やChapterhouseの『Whirlpool』、Swervedriverの『Raise』など短期間に名作が数多く生まれている。この時期は、数々のバンドが短期間で続々とデビューしてはブレイク、デビューしてはブレイクを繰り返し、多くのバンドがシーンに飽和していく…。これこそが”シューゲイザームーブメント”である。
この盛り上がりは同年にMy Bloody Valentineの『Loveless』リリースで頂点に達した。素晴らしい作品にファンはもちろん歓喜したが、他のバンドからすればあまりに完成度の高い作品を眼前に突き出されことに戸惑いを隠せなかったようだ。
『Loveless』発表を転機に、この作品を越えるため多くのバンドが試行錯誤するも、メディアに受け入れ難い土壌がシーンに広がってしまっていたため、ほとんどの作品が冷遇されてしまった。こうしてメディアにどんどん見放されていき、1992年後半にシーンは完全に失速。寄せていた波は瞬く間に引いていった。
今だからこそ言えるが、経済的な成功を伴わなかった後発の作品も、決して駄作ではなかった。むしろ苦肉の末に作られたものが多いため、完成度が高くて素晴らしいものばかり。特にSlowdiveの『Souvlaki』やRideの『Going Blank Again』などは、ムーブメント期の名作と同じ扱いで取り上げられることもある。
クリエイション・レコーズ
このジャンルにおいて重要なレーベルが二つある。「クリエイション・レコーズ」と「4AD」である。双方ともUKの著名なレーベルで、シューゲイザーの代表的なバンドや名作は大体この二つのレーベルから生まれている。
その中でもクリエイションは、My Bloody ValentineをはじめRideやSlowdive、Swervedriverなど、ジャンルの顔となっているバンドが多く名を連ねる。ちなみに、Primal ScreamやOasisもかつて在籍していたことでも有名。
シューゲイザームーブメントを巻き起こしていた時期のクリエイションは他のレーベルを寄せ付けない勢いで猛進しており、”このレーベルから出る作品をチェックしておけば間違いない”と言わしめていた。
後にクリエイションは、マイブラの『Loveless』制作で巨額を投じたことで資金不足に陥り、90年代半ばに倒産してしまう。しかし後身のアーティストに与えた影響を考えると、音楽に対して非常に貢献度の高かったレーベルであったことが分かる。
因みに4ADには、同レーベルの看板的存在のCocteau Twinsをはじめ、Lush、Pale Saintsと、耽美系といわれるサウンドを持ち味にしているバンドが多いのが特徴的で、現在も存続している。
日本におけるシューゲイザー
日本で最初のシューゲイザーと言われるのが、新潟発のPaint in Watercolourというバンド。1991年にミニアルバムを出し、1992年と1993年に立て続けにアルバムをリリースした後に解散。遠くで起こっているムーブメントに触発され、彼らもこの手のサウンドを追求していったようだが、大きな日の目を見ることはなかった。
その後、1994年にデビューしたCoaltar of the Deepersはシューゲイザーに限らず幅広い音楽性を魅せており、コアなファンを抱えているが、現在は国内産シューゲイザーの代表格として名前が上がることが多い。
そのほかにも初期のSupercar、ポストロック風味のLuminous Orange。最近のバンドでは、ドリーミーさを追求しているCruyff In the Bedroomや、分厚いノイズの洪水がたまらないHartfieldなど、確信的にシューゲイズサウンドを構築しているバンドも増え、少しずつではあるが日本でも盛り上がりをみせてきているようである。
再評価と「ネオ・シューゲイザー」
1994年あたりからイギリスではブリッドポップが台頭し、時を待たずして「シューゲイザーは古臭い音楽」という認識をされていく。それに伴い、ムーブメントを担っていたバンドの多くは、この世間の風潮に押し流されるように次々と姿を消していった。
しかし十数年たった最近、シューゲイザーの影響を公言するアーティストが多く現れたことで、その「古臭い」という考え方は現在進行形で変化している。
とくにエレクトロニカアーティストからの支持が根強く、シューゲイザーを取り入れた「エレクトロ・シューゲイザー」なる言葉も生まれている。これらに加え、バンドの形態でシューゲイザーを再現する動きも見られ始め、これらの現象や音楽性は、ひっくるめて「ネオ・シューゲイザー」、もしくは「ニューゲイザー」と呼ばれている。
代表的なバンドは、エレクトロ・シューゲの代表格Guitar、シューゲイザー以外からの影響を公言するAmusement Parks on Fire、とてつもない轟音ノイズの塊を作り出すAstrobrite、”ドリームポップワールド”と自ら公言しているキュートなAsobi Seksuなどなど。
他にも、種類は違うが2001年の大型新人My Vitriol、アイスランドから生まれたポストロックバンドSigur Rosなど、意図せずともシューゲイザーっぽくなっているバンドも数多く存在する。このように、シューゲイザーの可能性や音楽性は日々変化し、広がっている。
マイブラの功罪
こうしてシューゲイザーは姿を変えて先進的な音楽として活躍していく兆候を見せているが、ネオ・シューゲイザーバンドの多くはMy Bloody Valentine、特に『Loveless』との比較を避けられない状況下にいる。
どのバンドもまず、名作『Loveless』というフィルターを通して作品を聴いてしまわれている。そのためか、「マイブラに近い」「マイブラとはココが違う」とか「マイブラの延長上の作品」といった評価のされ方が大半を占める。
マイブラの功績は誰が見ても素晴らしいのだが、今のシューゲイズバンドにとって『Loveless』とは、目の前に立ちはだる大きな壁でしかなく、大いに苦しめられている。そこにマイブラの罪深さがある。
「『Loveless』を越える作品は現れない」。多くのファンはこう悟りつつも、いずれ誰かがその方程式を崩す素晴らしい作品を作ってくれることを期待して止まないのである。
ーーーそして現在
最近、当時活躍していたバンドの再結成のニュースをよく目にするが、特に衝撃的なのは、フジロック参戦のため既に来日が決定しているMy Bloody Valentine。既に各地でライブパフォーマンスを披露しているらしく、完全復活を匂わせているが、果たして新作は生まれるのだろうか。
最も積極的な活動をしているのがSecret Shine。彼らは1993年に1stアルバムをリリースして以降コンプリート版などを発表した後1996年に解散したが、2006年に再結成。2008年の4月に待望の新作を発表し、同年の夏である現在はライブツアー真っ最中だ。
他にも2007年にはSwewrvedriverが再結成したようだが、活動の詳細は全く入ってきていない。さらに初期にシューゲイザーだったThe Verveは2008年に「Love is Noise」なる、原点回帰を匂わせる新曲を発表しているが…。
と、このようにシューゲイザーの再評価を裏付けるような現象が多々起こっている。今後は今と昔のバンドがしのぎを削りあい、シューゲイザーがよりいっそう活性化しそうな勢いも感じられ、そしてそれを期待せずにはいられない。
バンド・名盤にみるシューゲイザー ~ 代表作
短期間ではあったものの、シューゲイザー・ムーブメントによって数え切れないほどの名作が生まれた。古臭さなど微塵も感じさせないものばかりである。というわけで最後に、このジャンルを知る上で欠かせない作品を簡潔に紹介。
「Loveless」(1991) / My Bloody Valentine
ご存知ジャンルの代表的アルバム。シューゲイザーサウンドの完成系といわれており、良くも悪くも現在に至るまでに多大な影響をジャンルに関係なく与えている。
代表曲「Only Shallow」「When You Sleep」「Sometimes」「Soon」
「Nowhere」(1990) / Ride
シューゲイザー・ムーブメントの火付け役、ライドのデビュー作にして最高傑作。
代表曲「Seagull」 「Dreams Burn Down」
「Whirlpool」(1991) / Chapterhouse
マッドチェスターの流れを汲む、チャプターハウスの作品。
代表曲「Pearl」「Something More」
「Just for a Day」(1991) / Slowdive
深いリバーブをかけたサウンドとフィードバックノイズ、そしてどこまでも広がる残響音が気持ちいい。耽美系シューゲイザーの名作。代表曲「Catch the Breeze」
「The Comforts of Madness」(1990) / Pale Saints
狂気交じりのシンプルな演奏に、イアンマスターズ(Vo/B)の煌びやかなヴォーカルが絡みつく。
代表曲「Sea of Sound」「Sight of You」
「Raise」(1991) / Swervedriver
グランジよりのサウンドが、荒野を疾走しているようで埃くさい。疾走系轟音シューゲイザーバンド。代表曲「Son of Mustang Ford」 「Rave Down」
「Spooky」(1992) / Lush
二人の女性がVo/Gを担当するラッシュのデビュー作。万華鏡のように艶やかなサウンドが印象的であり、Cocteau Twinsの純粋なフォロワーでもある耽美系シューゲイザー。
代表曲「For Love」 「Monochrome」
バンド・名盤にみるシューゲイザー ~ 他にも抑えておきたい名作
「Treasure」(1984) / Cocteau Twins
4ADの看板アーティストであり、SlowdiveやLush、Pale Saintsなどの耽美系シューゲイザーバンドに多大な影響を与えた。本作はバンドの四枚目の作品で傑作。シューゲイザーの煌びやかなメロディの大半は、このバンドからインスパイアされたものかもしれない。
代表曲「Lorelei」 「Pandora」
「Psychocandy」(1985) / Jesus and Mary Chain
シューゲイザーの始祖的存在である、ジザメリのデビュー作。ノコギリギターと称されたサウンドと退屈そうに歌うヴォーカルの組み合わせは必聴。
代表曲「Just Like Honey」
「Against Perfection」(1993) Adorable
ムーブメントの時期から少し遅れてきたバンド。ムーブメント終焉期に生まれた最後の名作。シューゲイザーとブリッドポップの狭間に立つ彼らのサウンドは、ジャンルを越えて愛されるべき。
代表曲「Sunshine Smile」
「Doppelganger」(1992) Curve
官能的で攻撃的。後にインダストリアルサウンドを主体にして、2000年代まで活動した希有なバンド。代表曲「Horror Head」「Fait Accompli」
「Ferment」(1992) Catherine Wheel
92年 正統派ロックにシューゲイザーのエッセンスを加えたような作品。野太いヴォーカルも印象的。代表曲「Black Metallic」
バンド・名盤にみるシューゲイザー ~ 他にもおススメ
「A Storm in Heaven」(1993) / The Verve
「Urban Hymns」のイメージを考えると意外ではあるが、初期はシューゲイザーよりのサイケデリックバンドであった。本作は彼らのデビュー作。
代表曲「Slide Away」「Blue」
「Cold Water Flat」(1993) / Revolver
唯一のフルアルバム。シューゲイザー特有の疾走感や夢幻的な世界観を、瑞々しいサウンドで体現。
代表曲「Cradle Snatch」 「I Wear Your Chain」
「Stereo Musicale」(1992) / Blind Mr. Jones
フルート奏者をメンバーに携えた風変わりなバンド。Rideの疾走感とSlowdiveの耽美さを併せ持ち、本作はシューゲイザーの隠れた名作との評価も。
代表曲「Spooky Vibes」
「The Buried Life」(1993) / Medicine
米国のシューゲイズバンドの2nd。鼓膜を破るかのような刺々しいノイズは、もはやジザメリの比ではない。
代表曲「The Pink」
「Everything’s Alright Forever」(1992) / The Boo Radleys
90年代中期にブレイクしたバンドのため、ブリッドポップのイメージが強いが、初期はシューゲイザーだった変り種。代表曲「Lazy Day」
「…xyz」(1992) / Moose
鬱で気だるさのあるサウンドが魅力。こちらも初期限定のシューゲイザー。代表曲「Little Bird」
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