架空のサウンドトラック
中谷美紀の作品はどれもホントに繊細で美しい。坂本龍一がプロデューサーというのも大きいと思うが、歌声をフィーチャーするというより、エレクトロ色を前面に押し出し、サウンド面へのこだわりを強く感じさせた作品である。彼女のガラス細工のような美しさ、謎に包まれた佇まいなどが、作品を通してしっかりと表現されている。
人気女優がリリースしたとは思えない陰鬱さが衝撃的な前作『cure』は、雰囲気、歌声、サウンドプロダクトなどがとてもいい具合に溶け合った傑作だった。一方、『私生活』は、坂本龍一によるサウンドプロダクトが前面に出た作品で、圧倒的な虚無感を感じさせるものに仕上がっていて、これまた驚きの作風となっている。
もはやアンビエント(環境音楽)とも取れるその音空間は、いわば”架空のドラマのサウンドトラック”と言っても過言ではない。個人的には専ら読書をする時、はたまた無心になりたい時などに引っ張りだして聴きたくなる作品である。
単純に聴き応えのある曲としては#1「フロンティア」、#5「クロニック・ラヴ」、#7「夏に恋する女たち」などがあるが、生活音や会話で構成されたインタールードのような曲が数多くあり、タイトルの『私生活』を体現したようなアルバムと言える。個人的に中谷美紀の曲の中で一番好きな曲は#2「雨だれ」で、冷気漂うかのようなシンセの音、そっと息を吹きかけるような優しい歌声の重なりがたまらず、専らリピートの対象である。
生活感があるようで無いような…とても不思議な音世界。真っ白い壁に囲まれた部屋に日差しが差し込んだり、雨雲で薄暗がりになったりと、曲が進むごとに部屋の雰囲気がゆっくりと変化していく。まるで、窓から外界の様子を伺うインドアな少女の、その生活感を盗み見ているような感覚とでも言おうか。一つ一つの音から生まれるイメージを大切にしながらじっくりと味わいたい、非常に聴き応えのある作品であると思う。
坂本龍一の色が強まり、中谷美紀の歌声が積極的に取り入れられていないということで、ファンからは不評の作品だが、個人的には前作『cure』とはまた別の種類での名作だと思っている。じっくり聴くにも、肩の力を抜いて聞き流すにも最適な音楽なので、ふと聴きたくなるのは本作『私生活』の方が多かったりする。
…それにしても中谷美紀の作品はなんでこんなにも内省的な作品が多いのだろうか。とてもじゃないがどれも大衆的な作品ではないし、大女優が出す音楽作品とは到底思えない。ただ、イメージも相まったとても繊細で綺麗な音楽は、個人的にはとても気に入っているし、そんな作品をリリースした中谷美紀をより一層好きになってしまったのも事実。
トラックリスト
- フロンティア(Album Version)
- 雨だれ
- temptation
- Confession
- クロニック・ラヴ(Remix Version)
- Spontaneous
- 夏に恋する女たち
- Automatic Writing
- フェティシュ(Folk Mix)
- Leave me alone…
- promise
- all this time
- temptation(Drum Mix)
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